「おチビさんこれ……!」
 手の中には水。それは目を瞑ったままでも感触で分かったこと。けれど目視して気付いた。
 エドがしたかったことも、何が起きているのかも。
 手の中には水鏡に映った綺麗な満月。決して手には入らないはずの、お月さま。
「こうすりゃ月だって手に入んだろ? 子供騙しだけどよ、少しは……」
 気が晴れるだろ、と続けようとしてエドは言葉に詰まってしまった。……あまりにもエンヴィーが苦しそうな顔をしていたから。
 エンヴィーは子供みたいだから、手放しに喜ぶと思っていたのに予想外の反応でたじろいでしまう。ひょっとして自分はまずいことをしたのだろうか、と。
「あ、あのよエンヴィー……?」
「馬鹿だなぁ……ほんと馬鹿だよきみ。こんなの子供騙しじゃん……」
 ポツリ、ポツリと言葉を紡ぐエンヴィー。
 逆に傷付けてしまったのだろうか、という不安はエドの中で確信に変わり始めていた。同時に生まれる後悔。
「ごめ……」
「何で謝んのさ。子供騙しだけど……なのに、ボクはすっごく嬉しいんだよ」
 絶対に絶対に手に入らないと確信めいた予感を持っていた。けれど、どんなに手を伸ばしても届かなかった、切望しても手に入らなかったそれが、望んだ形ではなかったけれど、手に入ったのだ。嬉しくない訳がない。
 微笑みながら手の中の満月を噴水に戻すエンヴィー。
「じゃあ何で……あんな顔したんだよ……」
 当たり前の疑問。嬉しいなら、喜ぶのが普通で、あれ程苦しい表情をする謂われは無いはずなのだ。
「んー、きみがあんまり可愛いことするからねぇ。吹き出すの堪えてたんだよ」
 言うと同時にあははと声を上げて笑いだすエンヴィー。それこそもう、これ以上ないという風に。
 言われてみれば随分と恥ずかしいことをしてしまったと、恥ずかしさにエドの顔が真っ紅になっていく。
 けれどやったのはエド自身の判断で、それをエンヴィーがどう思おうと勝手だ。勝手なのだが、いつまでも響く笑い声でエドの堪忍袋も尾がきれてしまった。
「はぁ?! てめ、ふざけんじゃねぇ! ぶっ飛ばすっ!」
「おぉ、恐! それじゃあボクは帰るよ。月、ありがと! 嬉しかったのは本当だよ」
「待ちやがれー!」
 照れ隠しの一種なのだが、さすがに本気で殴る気のエドの相手をする気にエンヴィーはなれなかった。
 ……どう考えても、痛い目に合う。
 さっとエドの一撃を躱して病院の外壁を登ると、礼を言いながらエンヴィーは闇に消えていく。エドが怒りと共に呼び止めても、それは無駄というものだった――


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