「こちとら怪我人なんだぞ。無駄に動かさせるなよな……」
仕方なくベッドを抜け出し、窓際に立って夜空を見上げるエド。
此処はセントラルで、都会で。故郷の様な綺麗な星空など見えないと思っていた。
けれど現実は、意外なことにリゼンブールと同じ空――
中心に一際大きく、優しく照らす月を見てエドは「確かに」と洩らしていた。
「まぁ、金色と言えないこともないな」
結局の所光の加減だ。見る者によって何色にも見えるだろう。先入観を持ってすれば尚のことその色に見える。
普通に頷くのも何だか癪だったからか、素直に認めることはしなかったのだが、それでもエドが同意してくれたことがエンヴィーには嬉しかったのか「でしょー!」と声を上げて抱き付く。
「うをぉぉ! 痛ぇ痛ぇ! 痛ぇ!! 傷開くっ、傷開くからっ!」
ピクピクと体を小さく震わせながら、締め付けから逃れようとするエド。
今は真夜中で、此処は病院だ。表にはアルがいるし、護衛もついている。大声を出す訳にはいかなかったが、黙って耐えられる痛みではなかった。
小さく小さく叫びを上げる。
「あ、ごめん」
エドの傷のことを思い出し、パッと離れるエンヴィー。
殺す気か……と、憤っているとエドは背後から再び抱き締められた。強くなく、弱くなく。ぴったりとくっついて離れない。
「おい」
言いながら肘でエンヴィーを軽く突いて離れる様に促す。
別に痛い訳ではなかった。ただ、男に抱き付かれても気持ち悪くなりこそはすれ、嬉しくはないのだ。
けれど、エンヴィーは離れる所か抱く力を強める。
「どうし……」
「きみはさ、手に入れようと思ったことある? お月さま」
どうかしたのかと訊こうとしてエドの声はエンヴィーに遮られた。
「あれってさ、どんなに手を伸ばしても、どんなに高く翔んでも、絶対届かないんだよね」
静かに静かにエンヴィーは話す。
――ボク達は、決して日の光の下を歩く様な存在じゃないから、夜の闇の下で生きてて。そんなボクを照らしてくれるのはお月さまなんだよ。
優しくて優しくて、ずっと傍にいて欲しくて、自分だけの物にしたくて。
「無理に決まってんだろ馬鹿。どんだけ遠くにあると思ってんだよ」
「うん……知ってる」
決して手の届かない領域。どれ程願っても、叶わないものは叶わない。
そんなことはエンヴィーにだって分かっていた。ただの無いものねだりであることも。だからこそ、余計に欲しくなる。
ねぇ、空の月は無理でもこの月は掴める?
そう思ったら試したくなった。離したくなくなった。自分だけの物にしたくなってしまった。
突然押し黙ってしまったエンヴィーを背に、エドは大きく溜息をつく。
馬鹿なことを言ったと、エンヴィー自身思った。月が欲しいなんて言った所で呆れられるのがオチなのだと。
「しょーがねぇなぁ……おい、離せよ」
エドのその声に、エンヴィーは名残惜しそうにしながらその腕を離す。その刹那だった。
離した刹那、エドは立ち上がりエンヴィーに手を差し出したのだ。
「へ? え、何……」
「良いから来いっつんだよ」
面食らって戸惑っていたエンヴィーの手を無理矢理掴んで、エドはスリッパのままで窓から外へ出る。
エドが有無を言わせない程強く引くからエンヴィーも出ない訳にはいかず、二人で並んで芝生の上を歩く。
夜の外は多少冷えた。
「ちょ……っ、何処行く気だよ!」
「黙って歩く」
行き先も告げられず、ただぐいぐいと引っ張られている訳だから、エンヴィーの抗議は当然。けれど、全く耳を貸さないどころかぴしゃりと突き放すエド。
いったい何をしようとしているのか、エンヴィーには理解も予想も出来なかった。
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